森田実さんのコメントを読ましてもらっているけれど、ろくでもないマスコミを読むより気持ちが晴れる思いです。従米しか頭に浮かばない高山の人たちには飽き飽きする。結局はどうしたら金儲けできるだろうかという人たちのために政治がおこなわれているとしか思えない。従米というのはつぶれ始めたアメリカに投資するということだけど少しはリスクを分散して多極化の道に向かうべきかな。
この世界は格差の世界であり差別の世界であるのはだれも否定できないと思う。たてまえで自由と平等と口では言うけれど本音は差別こそ王道ということだと思う。大帝国であるアメリカで、オバマ氏とクリントン氏が相討ちで消耗し、共和党に漁夫の利が転がり込んだら、日本は見捨てられる運命にあるだろう。日本という経済大国が消滅することによって悲しむ国などありはしない。競走相手が減っただけのこと。強食弱肉はそれをよしとするだろう。日本人はそれでいいのだろうか。日本という種の国がその硬い我さえ良しの殻を破って根を出すには波瀾万丈のこれからの60年を通らねばならないでしょう。アメリカに見捨てられ3流に落ちてしかる後に日本の心で大和魂で這い上がるだろう。単に勇ましいだけではなく、人の苦しみの理解できる大和魂で。
2008年5月12日月曜日
2008年5月10日土曜日
たねからねに
ニッチもサッチモいかない戦争や紛争の記事あるいは天災人災、一日としてやむことのない凶悪犯罪。一体世界がどうなるのだろうという不安の中で、毎日が生きねばならないという欝々としたある日、聞いたのは「そうだよ、たねからねになる苦しみなんだ。」種が地に落ちてお日さんと水で順調に根になるのだが、人の心という種にぬくみと潤いがなければいつまでたっても種が根にならない。そのうち腐ってしまうのが必然。程よいぬくみと潤いだけではどうにもならないかたい殻に覆われたこの種を破るにはとんでもない混沌と揺さぶりが必要なのだろうか。人はそれを苦しみと言いますが、それでも時代はそれを望むのでしょう。潤いが度を越して津波となりぬくみが熱波に変わるのもあるいはそよ風が暴風雨と化すのも、欲望の度を越した人の心に対応しているのではないかと思われる。地球にいい環境をというのはなにも温暖化対策だけではないだろう、肝心なのは人の心が穏やかにそこそこで満足しお互いさまという心にかわる以外に母の星であるこの地球の荒れるのを止めるすべがないようです。灼熱と洪水と暴風雨の中でさあ根になれというこんな矛盾の中でどうするべきか、明日は我が身という言葉もありますが。
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